稼げば稼ぐほど生活が厳しくなる子育て世帯の厳しい現実

稼げば稼ぐほど生活が厳しくなる子育て世帯の厳しい現実

ゆとりのある生活には、どれくらいの収入が必要なのか。フィナンシャルプランナーの加藤梨里さんは「子育て世帯だと年収1000万円ではギリギリの生活を強いられる。生活コストが上がる中で、公的支援をほとんど受けられず自力での子育てを強いられるからだ」という――。

「世帯年収1000万円は裕福」は本当か?

たとえ年収が1000万円あっても思ったほどゆとりはなさそうだ。いや、むしろ場合によってはカツカツなのではないか。年収1000万円、とりわけ子育て中の世帯では、そのような実感を持つ人が少なくありません。

子育て世帯には児童手当など国の支援がたくさんあるじゃないか、と思う方がいるかもしれませんが、その多くには所得制限があります。児童手当のほか、高校の授業料無償化、大学の奨学金制度などの多くは、年収が1000万円を超えたあたりから支援から除外される憂き目に遭うことになります。

年収1000万円というのは、公的支援をほとんど受けられず、完全な自力での子育てを迫られる境界線でもあるのです。政府は「異次元の少子化対策」をうたい、児童手当の給付年齢の一部拡大や所得制限の撤廃など、いくつもの子育て支援策を打ち出しています。

2023年2月、政府が少子化対策の一環として高所得者への児童手当を制限する「所得制限」の撤廃について検討した際、与党の要職を務める政治家が「高級マンションに住んで高級車を乗り回している人にまで支援をするのか、というのが世論調査で出てきているのだろう」と発言し物議を醸したことがありました。

実際、12月現在では所得制限撤廃と引き換えに、子どものいる世帯への扶養控除廃止も同時に検討されており、実質的には高所得の子育て世帯への負担増となる懸念さえある状況です。1000万円近くの収入がある世帯は裕福なのだから、支援など不要だということでしょうか。

しかし、現実は必ずしもそうではないようです。

決して裕福とはいえない

ある大手保険会社が今年行った調査では、年収1000万円以上の世帯でも、安心して子育てをするためのお金が不足しているという人の割合が7割超、子育てにかかる費用が精神的負担になっているという人が57%というデータもあります。

年収1000万円でもぜいたくどころか、普通に暮らしていくのも厳しく、追い詰められていることをうかがわせます(日本生命「子育て現役世代の大規模実態調査」)。

実際の年収1000万円前後の世帯、とりわけ子育て世帯に関して言うと、高級マンションに住んで高級車を乗り回す余裕などほとんどないのが現実なのです。

ところで、裕福かどうかには収入ではなく資産を判断基準とすることもあります。金融広報中央委員会の調査データをみると、収入が多いほど資産も多いという傾向はあるものの、年収1000万円以上の世帯でも片働きでは15%以上、共働きでも約10%が「金融資産非保有」、つまり貯金がゼロとなっています。

こういった話題になるとしばしば、年収が高いのに資産ゼロなのは「ぜいたくな暮らしをしているせいだ」と指摘されます。しかし、前述の生活コストの変化や公的補助といった要因をふまえると、一概に自業自得と切り捨てられる問題ではないのではないでしょうか。

家計を左右する保育料

共働き家庭には、家計を左右する要素の一つに保育料も挙げられます。

0歳から2歳までの認可保育園の保育料は所得が高いほど月額保育料が高くなっています。国の基準では年収1000~1200万円程度(住民税の所得割額が39万7000円以上)になると保育料の金額区分が最上位になり、第1子の場合で保育料は月額約10万円になります(実際の保育料は各市町村が定めていて、それほど高くはならない地域もある)。

保育料の区分は世帯合計の所得で判定されるので、夫婦共働きの会社員なら年収が夫600万円・妻500万円などでも区分が最上位になる可能性がありますが、高所得者の多い地域では所得区分を年収2000万円、3000万円などまで細かく設定して、保育料を段階的に高くしているところもあります。

また、年収1000万円が必ずしも保育料負担のボーダーラインになるわけでもありません。加えて第2子の保育料は半額、第3子以降は無料、そして3歳児以降の保育料や幼稚園代は原則として全員が無償化の対象です。

東京都では2023年10月以降、0~2歳の第2子の保育料を完全無償化するなど、自治体独自の上乗せ補助の動きもあります。これらの制度では現在のところ親の所得制限はありませんが、将来どうなるかはわかりません。

子育て時期には産休や育休を取ったり、時短勤務にしたり、フルタイムの仕事を辞めてパートに変わったりと、親の働き方や収入が大きく変わる可能性があります。およそ20年に及ぶ子育て期間中、ずっと世帯年収1000万円以上を維持し続けるのは簡単ではありません。

国の歪な指針

しかも、皮肉なことに、親が歯を食いしばって稼げば稼いだ分だけ、重い子育て費用への公的な支援を受けにくくなるのです。特に仕事と子育ての両立に悩みがちな共働き世帯にはそのジレンマに突き当たる家庭が多いのではないでしょうか。

ならば、いっそのこと仕事をセーブして公的支援を享受しつつ、時間的余裕を持って子育てする方がいいというのも、ひとつの考え方です。

仕事と子育ての両立を推進しておきながら、共働きで世帯収入が一定以上に上がった子育て世帯には厳しいというのが、今の国のしくみなのです。

子どもが生まれてから大学を卒業するまでずっとこの状態が続くと考えると、子育てと仕事の適正なバランスについて、悩んでしまう親も多いはずです。

「頑張ればなんとかなる」

子どもにどのような教育を受けさせるかは、ある程度の年齢までは親の教育方針によるところが大きいものだと思いますが、地域差も切り離せない要素のひとつです。

小学校受験や中学受験をするか否かは、なかでもとりわけ大きな選択となります。都市部など私立の学校が多い地域では私立校が進路の選択肢に加わりやすいですし、公立信仰が強く教育熱心かつ優秀な子どもを持つ親ほど名門公立校を望むという地域もあります。

同級生のほとんどが、そのまま地元の中学に進学する地域では中学受験を視野に入れて考えることさえ少ないと思いますが、一方で「クラスのほとんどが塾に通って中学受験するのが当たり前」という学区に住んでいれば、親も子も自分たちだけ塾に行かずに6年生まで過ごすことに、むしろ精神的に負担を感じてしまう例も見聞きします。

中学受験ともなると、本人の意思も無視できません。経済的な事情から親は「できれば公立で」と思っていても、子どもから「仲の良い友達はみんな塾に行って受験するのだから」と言われることもあります。経済的に明らかに難しい場合はともかく、頑張ればなんとかなるという家庭の場合、悩んだ末に受験を決意する親も多いはず。

この「頑張ればなんとかなる」の難しい決断に直面しがちなのが世帯年収1000万円前後の家庭なのです。

都心と田舎で12万円も差が出る

特に兄弟姉妹がいる場合、全員を中学から私立に入れることを考えると決して容易に決断できることではありませんが、絶対に不可能とも言い切れません。

東京都では2023年から私立中学に通う子どもを対象に年間10万円の補助を開始しましたが、目安世帯年収の上限が910万円という所得制限があり、これもかえって悩みの種となる可能性があります。

こうした地域性の違いは教育費のかけ方にも影響しているようです。文部科学省の「子供の学習費調査」からは、都市の規模が大きいほど学習費が高いことが明らかです。人口10万人未満の市町村の小学生の学習費は年間約28万円なのに対して、100万人以上の市や23区では約47万円と、20万円近い差があります。

この違いの大きな要因のひとつが塾です。年間の学習費のうち学習塾代を比べると、10万人未満の市町村の小学生は平均4万5000円ほどですが、100万人以上の市と23区では16万円になっていて、その差は4倍近くにもなります。

中学生でも2倍近い差があります。大都市に住むほど住居費や生活必需品の物価も高くなりがちですが、先に述べたような事情で塾代などの教育費をかけざるを得ないのかもしれません。

同じ年収1000万円でも、どこに住むかによって生活に必要なコストが違うのは想像がつきやすいことだと思います。それに加え、環境によってそうせざるを得ないものも含めて、結果的にかかる教育費の額にも歴然とした違いがあることがわかります。

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